
6月13日金曜日。2週間前も新幹線に乗ったけれど、この日もまた朝6時台の新幹線のぞみ号に乗るために5時起きして東京駅へ移動した。


6時台はまだ東京駅の混雑がマシだ。これが7時台になるとすごく人出が増えてくるんだよね。


この時間帯の新幹線は出張の人が多い気がする。
私は、義実家の仏壇閉眼供養が始まるのが午前11時なので、それに間に合うように余裕をもって時間設定した。

朝ご飯は、前日近所のパン屋さんで買ったパン。

この日は富士山は見えなかったけれど、まあ普通に定刻通りに新幹線到着した。ここ数年、何回東海道新幹線に乗ってるかなあ、、と思うくらいしょっちゅう移動している。
そこから義実家へ移動。
旦那は前日から来て、片付けや、必要なもの、残すものの選別をしていた。

11時に予定通り、浄土宗のご住職が来てくださって、閉眼供養を行ってくださった。
わりとすぐ終わる?と考えていたら、なんと1時間近くお経をあげたりお話してくださったりして、ありがたかった。
ご本尊と、先祖代々の古い位牌も閉眼供養してくださって、ご住職が引き取って持っていってくださった。供養の後、お焚きあげしてくださるとの事。ホッとした。義父と義母のご位牌のみ、東京の自宅に持ち帰り、そこで供養する事にした。

立派な仏壇だけど、とても東京の家に引き取るのは無理なので、、。義父には申し訳ないけど、業者さんに引き取っていただく事にした。
今回、義実家じまいでいろいろお世話になる業者さん・Mさんも、仏壇の閉眼供養には一緒に同席してくださった。Mさんは、ずっと義父と親しくて、義父の仕事関係でもいろいろお世話になった方。私の実家が、台風で屋根に被害を受けた時も、屋根の葺き替え工事をしてくださった方だ。
いろいろ親しく付き合ってきたので、今回の義実家じまいもMさんにお願いする事にして、いろいろ相談にのっていただき、とても助かった。

仏壇の閉眼供養が無事に終了し、Mさんと旦那と私と、3人で水無月を食べながら翌日の件について、打ち合わせをした。水無月は、前日に旦那が、梅田の阪神で買っておいてくれた鳴海餅の水無月。すごく美味しかった。

Mさんが帰られてから、旦那とふたりで、お昼ご飯にした。お昼ご飯は、551の豚まん。やっぱり美味しいわ~。
その後、午後は、旦那と一緒に仕分け作業。そして、宅急便を数個詰めて、管理人室からお借りした台車を使って、近所のヤマト運輸まで荷物を出しにいった。置いておきたかった油絵の額も、なんとか段ボールで梱包して一緒にヤマト運輸まで運びにいった。
無事にヤマト運輸で荷物を発送する事もできた。持ち込みの方が安いので、そこは節約したけど、これは台車を借りて2人がかりだからなんとかなった感じだ。

荷物の発送等がすんで一段落したところで、梅田へ。

大阪にはちょくちょく帰ってきてるけど、ず~っと実家にとどまってるだけで、梅田へ出る事なんて皆無だから、久しぶりの梅田。
阪神百貨店の食料品売り場、お菓子売り場などを見て回った。阪神の「おやつの時間」というお菓子売り場は、いつもインスタでチェックしていて、興味深く見ていたので、実際の売り場を見れて嬉しかった。本当に、実家に来ても、梅田に出てくる事なんて全然ないものなあ、、。
その後、阪急のデパ地下もちょこっと見てから、阪急三番街の「雲仙」へ。

雲仙は、串焼きのお店。義父がお気に入りのお店で、義父と何度もご飯を食べに来たお店だ。

何度もここに一緒に食べに来たなあ、、と思い出す。


いろいろとバラエティに富んだ具材を串に刺して、美味しく焼いて出してくれて、本当にここは唯一無二のお店だなあ、、って思う。



義実家じまいしてしまったら、旦那は大阪で泊まる場所もなくなるし、なかなか大阪に帰りにくくなるかなあ、、って言っていた。私は私で、実家には手伝いに来るけれど、梅田に遊びに出るなんて時間全くなく、自由時間が全然ないので。もう雲仙に来れるのも最後かなあ、、って思うとかなり寂しい気持ちになった。まあ機会があればまた来たいと思うけど。

私は、雲仙に来るようになったのは結婚してから。でも、旦那はこのお店に、結婚する前から両親と食べに来たりしていたそうなので。こことの付き合いは、半世紀近くになるのかもしれない。
最後、会計する時に店長さんに、旦那が「ここのお店、子供の頃から来てたんです。」みたいに言ったら、なんと店長さんも、子供時代からこのお店に通うお客さんだったみたい。お客さんだったのが、このお店の味に惚れ込んで、いつの間にか店長さんになっていたようだ。なんだかすごいね。
最後かもしれない、、という時に、ちょこっと店長さんとそんな話ができて良かったなあ。
その後、旦那と一緒に新大阪の家へ戻った。そして、母が欲しいと言っていた、炊飯器とオーブントースターなどを持って、実家へ移動。さすがにものすごい荷物になっちゃったので、タクシーで移動した。

炊飯器もオーブントースターもまだまだ新しいので、母はとても喜んでくれた。持ってきた甲斐があったなあ、、。
実家では、母は炊飯器は使わず、鍋でご飯を炊いていたんだけど、電気炊飯器だとスイッチひとつでご飯が炊けるし、その分危険も少ないかと思って。いろいろな機能を使うのは無理そうだけど、とりあえず炊飯だけできれば大丈夫だろう。

母は、「外食だと、野菜が足りなかっただろうから、これ食べて。」というので、青菜のたいたのをいただいた。それから母とあれこれおしゃべりして、早めに休んだ。

6月14日土曜日。結構しっかり雨が降っていた。朝5時半に起きて、母のために朝ご飯の野菜スープを作った。母と早めの朝ご飯を食べて、それから、家のゴミを集めてゴミ出しをして、食器や鍋を洗って片付けた。
それから慌てて、義実家へ。朝8時から業者さんが来られて作業、と聞いていた。
私も8時に間に合うように、と思ったんだけど。結局少し過ぎちゃって。もう作業は始まっていた。
私たちが義実家じまいの作業を相談したMさんと、Mさんの部下らしい人。それに、こういう遺品整理や閉店の時の作業を専門にしている業者さんたちが3人来てくださっていた。
遺品整理や閉店整理などを専門にしている「12リサイクル」という会社、とても若いスタッフの方々が、手際よくどんどん片付けてくださって、その手際の良さにビックリした。
少しは片付けていたものの、ほぼ義父が暮らしていたそのままに荷物がたくさんあって、4LDKの部屋に荷物がそのままたくさん入っていたんだけど、それをどんどん運び出してくれて、どんどん片付いていくのがすごいなあ、、、としみじみ思った。プロの仕事はすごい。


こんなに広かったのねえ、、。
何もかも撤去された部屋はすごく広かった。
朝8時から作業を始めて、12時過ぎには全部撤去が終わり、作業も無事終了となった。なんだかね、、あっけないねえ、、。

作業が全部終了したところで、お昼ご飯に出かけた。
近所のお好み焼き屋さんにランチに行ってみたら、その日はランチ営業が臨時休みになっていてちょっとがっくり。でもその近くにあったうどん屋さんに入ってみたら、美味しくて、満足だった。
最後、義弟夫婦も来てくれて、東京に送る荷物の発送を請け負ってくれて助かった。結局やっぱり東京の自宅へ送る荷物が6個くらいになっちゃったなあ、、。まあその程度ですんだから良しとするべきなのか。
何もかもなくなった義父の住んでいたマンション。からっぽになっちゃって、やはり寂しいね。
そもそもここのマンションは、私と旦那が最初に新婚生活をスタートさせたマンションの部屋だ。その後、私たちは東京へ移り住み、義弟一家が住んだ時期もあったけど、最後はずっと義父が暮らしていた。場所的に便利だったので、義父はとても気に入っていたみたいだ。
いろいろ懐かしい思い出のつまった部屋。もう来ることも無いなあ、、と思うとなんとも寂しい気持ちになった。

そこから、実家へ移動。母がほしいと言っていたので、ちょっと使えそうな鍋とか持って実家へ移動した。地下鉄の中で、ちょっと恥ずかしかったけど、土曜日でそこまで混んでなかったのが助かった。
旦那は、大荷物を抱え、両親の位牌をかばんにいれて、よろよろ東京へ帰っていった。よくあの重い荷物を持って帰ったよ、、。お疲れ様でした。
私は、実家について、晩ご飯を母と一緒に作った。前日持って帰った炊飯器で、豆ご飯を作ったら、なかなか美味しくできて良かった。それに、小松菜と揚げをたいたのをまた作った。それに、冷凍のしめさばを解凍し、冷凍の春巻きを焼いた。

旦那が、閉眼供養のために買っていた虎屋のおまんじゅう。母と一緒に食べた。

さすがに上品で美味しかった。
その後、お風呂に入ったり、洗濯したりしていたら夜寝る時間も遅くなっちゃった。

15日の日曜日。朝6時前に起きて、慌ててまずは朝市に出かけた。まだ雨がぽつぽつ降っていたけど、なんとか雨合羽着て自転車でさっと買い物に出かける事ができて良かった。雨模様だったので、いつもの朝よりは人が少なめだった。そんな中、母のリクエストの野菜をいろいろ買えてよかった。

家に帰ってきて、朝ご飯。前日のスープの残りに少し野菜を足してかさまししたスープ。それにサラダも作った。
雨がようやくやんできたので、庭に出て少し庭仕事をした。

去年母に頼まれて植え替えた紫陽花。

2週間前に来た時はまだ白かったのに、すごく鮮やかなピンク色になっていた。すごくきれいになっていてちょっと嬉しかった。
母のリクエストで、別の、鉢植えの紫陽花も、大きめの鉢に植え替える作業をした。それから、いろいろ邪魔になっている枝を剪定したりした。
その後は、ヘルパーさんの入ってくれない部屋を掃除したり、2階の部屋に掃除機をかけたりしていたら、あっという間に半日が過ぎていった。

そして、お昼ご飯。母のリクエストで、茄子、ズッキーニ、人参、ピーマンなどを炒めた。野菜がたっぷり食べられて良いね。それと、う巻きを作った。ご飯は前日の夜炊いた豆ご飯。
今回は、実家でできた事はそう多くなかったけど、合間を使って洗濯もできたし、掃除もできたから、まあ良いか。

そして、新大阪駅から新幹線で東京に戻った。

新大阪駅はなかなかの混雑だった。

551の豚まんは、当分買えそうにないなあ、、。

そして、東京駅に戻ってきたら、ホッとした。東京駅に着いたのは午後7時頃だったけど、まだほの明るかった。日が長いからねえ。まだほの明るいうちに東京に着くなんて。ありがたい事だ。

1日前に帰った旦那が買っておいてくれたプルコギ肉を使って、それにもやしやピーマンを足してプルコギに。味がついてるので簡単で便利だ。

それに、これも旦那が買っておいてくれた、大寅のかまぼこ、天ぷらセット。それにキュウリのサラダ。大寅のこういうの、大好きなんだけど。これも大阪の味だよね。
義実家を片付けて引き払って、ホッとしたけれど、やっぱり寂しい。旦那は、大阪に足場が無くなってしまって、本当に寂しいみたいだ。でもね、、それが年を取るって事なんだよね。
私はまだまだ自分の実家で母の手伝いをする日々が続くから。まだまだ修行の日が続くね。