郵便配達にまつわる想い出

先週の木曜日くらいだっけ、出かける準備をしながら“梅ちゃん先生”を見ていたら、郵便配達の人が、道で出会った梅ちゃんに、「下村さんですよね。」と言って、姉宛のはがきを手渡すシーンがあった。その事について、mixiで、「道ばたで郵便物を渡すなんて、あの時代ならでは、、。現代ではありえませんね。」と書いてる人がいた。確かに。でも、私は、10年ちょっと前だけど、現代でもそうやって道ばたで自分宛の郵便物をもらったことがあるのよね。
10年ちょっと前、横浜に住んでいた時。マンションから出て駅に向かっていた。駅まで10分くらいの道のりだったんだけど、もうすでにだいぶん駅に近づいていたくらいの場所で、急に私の横で郵便屋さんのバイクが止まった。
「あの〜。himekaguraさん(もちろん、本当は本名の氏名を言って確認してくれた)ですよね?」
「(え??なんで覚えてるん??とびびりつつ)はい。そうですけど、、。」
「速達が届いてますよ〜。」と、にっこりほほえみつつ、その場で速達を手渡してくれた。めちゃめちゃびっくり。なんで、私を覚えてるん??しかも家のすぐ前の道とかならともかく、もう駅のそばだったのに。やっぱり図体がでかいから??全然わからない!!!今考えても理由に心当たりがない。めちゃめちゃクレームをつけたことがある、、とかそういう事もないし。郵便屋さんとたまにおしゃべりくらいはしてたけど、、でもねえ。
まあ、郵便を道で手渡されたのは、後にも先にもその1回だけだけど。そして、その速達の中身、今はハッキリ思い出せないんだけど、確かそこでもらえて助かったんだと思う。単発の派遣で働いていた時で、何かその関係の書類で、朝もらえて助かったと思う。そういえば、横浜に住んでいた時は、マンションの前の道ばたで、「himekaguraさんですよね!今渡してもいい?これから家帰る??」と言われて、宅急便を受け取ったこともあったなあ。まあ、それはマンションのすぐ前の道路だったし、宅急便のお兄ちゃんとはちょこちょこおしゃべりする顔見知りだったから、まあわかるんだけど。今こうやって思い出すと、私の住んでいた横浜市の南区って結構田舎なコミュニティだったんだろうか。東京のベイエリアに越してきてからは、さすがにそんな体験は一度もない。
あんなに文句言ってるわりには、梅ちゃん先生見てるやん!と言われそうですが、なんとなく習慣でチャンネルをそのままにしてるだけ、、という感じ。カーネーションの時は、まず朝チラ見して、録画してあるのを夜見る、という感じだった。今は、朝ほとんど音声だけで画面は見て無くて、準備にバタバタしてる感じ。おかげさまで、朝の準備が早くできるようになって、出勤時間も早まった。まあ、自分としては、カーネーション燃え尽き症候群でかなり寂しいけど、でも、考えようによっては熱病にうかされていたのが、ようやく元に戻ったともいえる。普通の、なんてことない日常。また何か夢中になれるものが出てきてくれるといいんだけどな〜。