三が日明けての仕事始めと帰省と~4日(木)から6日(土)

三が日明けての1月4日木曜日。もともとの予定では、4日は有休をもらって仕事始めは5日にさせてもらおうと思っていた。でも、前日の義弟からの連絡で、仕事を先に片付けておいて大阪に帰らなければ、、と思い、4日の有休申請は取り下げて、出勤した。朝御飯の画像は撮り忘れ。

とにかく、今できる事は、仕事をしっかり片付けておくこと。いつ電話がかかってきても、大阪にすぐ帰れるように頑張らなくちゃ、、と仕事頑張った。

写真は、お友達にいただいたお茶。なんだか落ち着かない時に、温かい美味しいお茶をいれて飲むと美味しいね。

お昼ご飯は、お友達と二人でお部屋ランチ。おにぎりとふかし芋のお弁当。それにフリーズドライのお味噌汁。野菜ジュース。ヨーグルトはお友達がくれたデザート。コーヒーを淹れて一緒に飲んだ。ちょっとゆっくりおしゃべりして、今の気持ちを聞いてもらったりした。

まだ出勤してくる人も少なめで、ちょっと静かな仕事始めになった。

晩ご飯は、焼き鮭。

焼き豚と、旦那が買ってきてくれた中華のお総菜。

肉の旭屋さんのシュウマイ。

それと、サツマイモで作ったポテトサラダ。

5日金曜日に大阪に帰省する事にしたので、夜はその準備をしていたけど、とにかく落ち着かなかった。

5日金曜日。旦那は早朝の新幹線で、一足早く大阪へ向かった。私はどうしてもの仕事があったので、夕方の新幹線で大阪に向かうことにした。朝御飯は、この前の鏡開きの残りのお善哉。

4日は電車に乗ってる人も少なめだったけれど、さすがに5日はわりと普通の状態に戻っていた。

5日は、ちょっと他大学の先生とお約束していて、その先生と一緒に学会関係の口座の手続きに郵便局へ行かなくてはならなかったのだ。そのお約束はちゃんと果たしておかなくては、、という事で。無事に手続きできて良かった。

夕方、少し早退させてもらって、東京駅に向かった。

考えてみれば、6日からは3連休。夕方に動く人も多いよね。羽田空港はまだ滑走路が完全じゃない状態なので、新幹線で動く人も多いみたい。

成人式で動く人も多いだろうし。そんな訳で新幹線はすっかり混雑していた。

新幹線の中でササッと晩ご飯。除菌シートでしっかり消毒してからご飯。ちょうど前にもらっていた非常食のわかめごはんと、駅に行く途中で買ったサラダ。わかめごはんは、職場を出る時にお湯をいれて戻しておいた。これが意外と美味しいんだよね。

新幹線が新大阪駅に到着した後、義弟夫婦が車で拾ってくれて、義父のマンションで、旦那&私、義弟夫婦といろいろ話した。

旦那は今日、義父の病院を見舞い、主治医の先生ともいろいろお話してきたけれど、やはり厳しい状態のようだ。

とりあえず、義父が亡くなったらどうするか、お葬式の事、連絡する人の事など、あらかじめ相談しておいた。ここで、ある程度話をできていて良かったな、、と、後で思った。

その話のあと、義弟夫婦が、私を実家まで車で送ってくれた。荷物もあったし、疲れていたのでとてもありがたかった。

実家では、母が何か食べろというので、お煮染めをいただいた。

なんだかバタバタした1日だったけれど、母といろいろ話して、それから実家で眠りについた。

1月6日土曜日。

実家に帰ってくると、必ず朝御飯に作ってあげることにしている野菜スープを作り、それからトーストとコーヒー、ヤクルトで朝御飯とした。

土曜日はゴミ回収の日なので、ゴミ出し等の作業をしてから、実家を出た。

実家を出て、旦那のいる義父のマンションへ。

よくここのスタバで、義父とコーヒー飲んだなあ、、なんて思いつつ、義父のマンションへ行った。

そこで、まずは病院に電話して、義父のお見舞いの事を聞いたら、いつも通り、午後2時~3時の間に面会に来てくれ、、との事。

あれ?もう危篤状態なのに、まだ面会制限があるのね、、とちょっとビックリした。前日、旦那はいつでも面会に行っていい、、と言われていたのに。

まあいいか、とにかく義父の容態は安定してるって事なんだよね、、という事で。

義父のマンションを片付けたり、作業してから家を出た。

義父のお見舞いに行く前に、三番街の雲仙でお昼ご飯。

私はランチメニューにした。

旦那はおまかせコースで、串揚げを揚げてもらう事にした。

何かっていうと、いつも義父と三人でよく雲仙に来たよなあ、、と。

ここに来ると義父との思い出がいろいろ思い出されてしまう。

義父は、本当に美味しいお店を知ってる人だったなあ、、ってしみじみ思いつつ、お昼ご飯を食べた。

その後、義父の病院へ、お見舞いに行った。12月にお見舞いに来た時は、意識不明状態でも、何か反応があって、こちらの声が聞こえてる気がしたけど。ちょっとその時よりは反応が薄いかもしれない、、と思った。

でも一生懸命頑張ってるよね、お父さん、、って思ったよ。

お医者様と、またお話する事ができた。

父の命は、あと数日か、あと一週間か、そのくらいと思う、、との事だった。でも、もしかしたら1ヶ月くらいもつかもしれません、とも。

そうだよね。人間の命って、機械じゃないんだもん。お医者様にだってわからないよね。でもそれだけ、ギリギリのところで父は頑張ってるんだなあ、、としみじみ思った。

人間の最後の頑張る姿をきっと見せてくれてるんだよね。そんな姿を見せてくれて、自分のこの先の人生について考えさせてくれてるんだなあ、、と。しみじみそんな事を思った。

お見舞いの後、旦那とは別れて、実家に帰った私。

晩ご飯を作って母と一緒に食べた。

母は、なんだかんだ言って、まだまだ元気だ。でもまあ、こんな時間もあとどのくらいもてるかわからないから、大事にしないと、、だね。