すっかり秋のウィークデイ&訃報~10日(火)から12日(木)

連休明け10日火曜日。朝ご飯はジョアンで買ったドイツパンとコーヒー。

9日は冷たい雨だったけど、10日はなんとかお天気回復してよかった。でも空気はすっかり冷たいね。

連休明けはさすがにバタバタ。もう今年度も後半に入ってるし、いろいろ忙しいよね。

お昼ご飯はスープジャーとおにぎり。そろそろスープジャーが美味しい季節だ。

火曜日の晩ご飯。まずは、小さめのプレーンオムレツにビーフシチューの残りがけ。なんだか卵とデミグラスソース味ってあうんだよね。

トムヤムクン。野菜と鶏肉をいっぱいいれた酸っぱ辛いスープ。

煮込みの残り。味しみしみで美味しい。

11日水曜日。出勤。朝ご飯はミューズリー

秋晴れの気持ち良いお天気。

今年は秋晴れの爽やかなお天気の日が多くて嬉しいな。

お昼ご飯は、今日もおにぎりとスープジャーのスープ。ちょっとかさばるけど、肌寒くなってくるとスープジャーのお弁当が美味しい。

晩ご飯は、餃子。この前作った餃子の具を冷凍保存してあったので、それを解凍して、キムチやチーズをちょこっとプラスして作った餃子。やっぱり皮が美味しいと餃子も美味しいな。

金鳥店で買ってあった冷凍の鶏だんごを使って鶏団子と野菜のスープ。

ピータン

キュウリとレタスのサラダ。それに笹かまぼこ。

12日木曜日。在宅勤務日。朝ごはんは、クランペット。前の夜寝る前に生地だけ作っておけば、朝起きて美味しいクランペットが食べられるので嬉しい。

朝、インスタに、たむらパンがお休みだけどバゲットを売ると投稿があった。旦那がその時間に買いに行ってくれたので、久しぶりにたむらパンのバゲットを買う事ができた。すごく嬉しい~。ありがとう~。

お昼ご飯も、旦那が三越で買ってきてくれたモーンのパン。

半分こして食べた。このモーン、すごく美味しいなあ。

私は在宅勤務だったんだけど、ちょっと気持ち集中してやらないといけない仕事があれこれ。気が散らないように一生懸命集中して仕事した。ミスしてないと良いんだけど、、。夕方まであっという間だった。

木曜日の晩ご飯は、オムレツ。ひき肉と玉ねぎを炒めて卵でくるんだオムレツ。やっぱり美味しい。

それに、サラダ。コンビーフのせ。

かぼちゃ豆腐。

 

※この日記を書いている18日にちょっと時間を進めます。

16日にチンペイさんの訃報を聞いて本当に大きなショックを受けた。アリスって青春ど真ん中だったので。

ヤンタン金曜日もいつも聞いていた。ばんばんとのかけ合いがすごく面白かったなあ。16日、仕事から帰ってきて、旦那と一緒にwowowで放送されていたアリスのコンサートの映像(以前放送されていて録画してあったもの)をかけてずっと見てた。だいたい全部一緒に歌える、、。

チンペイさん、それにしても早すぎるよ。もっと聴きたかったよ、、。

 

そして、パレスチナイスラエルの件。

パレスチナイスラエルの事は、ただただ胸を痛めている。憎しみの連鎖はつらいなあ、、と思う。遙か遠くの安全な場所から、いろいろ考えても、わからない事ばかりなんだけどね。

そういえば、『ミステリという勿れ』の中で整くんが言ってた言葉を思い出す。「真実は一つじゃない。真実は人の数だけある。」って。

何が真実なのかは本当にわからない。その人の立場によって、見えてくる事も真実もみんな違ってくるんだものね。絶対的な真実、というものがあるわけではなく。人それぞれ、その人にとっての真実があるんじゃないか、、って事だった。

きっとイスラエル人とパレスチナ人で。見えてる景色も真実と思える事も全部違うんだろうなあ、、。

イスラエルには私は行った事がない。キリスト教徒の叔母は、もうずいぶん昔に、教会のお仲間と一緒にイスラエルまで行ったって言ってたけど。とても美しい国だったらしい。そんなに美しい国でも、なかなか平和は難しいのかな。

今回、いろんな人がいろんな事を書いておられるけれど、私の心に残ったのは、大好きなベーグル屋さん、tanuki appetizingの店主さんがインスタに書かれていた言葉。ちょっと引用させてもらいます。

ベーグルの起源はアメリカに移民したユダヤ人からだと言われています。
ユダヤ教の食事規定において肉と乳製品は一緒に食べたり売られたりしてはならない決まりがあり、その結果、二つの店ができたそうです。一つは塩漬け肉や酢漬け肉などを売るdelicatessens。もう一つは魚や乳製品を取り扱うappetizing stores。うちの屋号にも入っているappetizingは“ベーグルと一緒に食べる物“といった古い英語の意味があります。

僕がイスラエルに行ったのは2008年。妻も一緒でした。
パレスチナ自治区(ベツレヘム)を訪れたときに僕らを案内してくれたパレスチナ人のおじさんはガイドそっちのけでイスラエルに対する不満や怒りをずっと僕らに訴えていたのを今でも覚えています。僕はジャーナリストでもNGOでもないただのツーリストだけど、彼にとって壁の外の人はみな同じ自由を持っている人たち。1人でも多くの外の世界の人にパレスチナの現状を知ってもらい、伝えてもらいたいと願っていたのでしょう。

イスラエル死海で見た虹の光景は、今までの人生で最も美しく平和的でした。この先も虹を見るたびに思い出すんだろうなぁ。

ガザ地区イスラエル側、1日でも早いお互いにとっての平和を願っています。

さすがに、本格ベーグルのお店だけあって、店主さんはイスラエルに行ったことがあるんだなあ、、って思った。そして、パレスチナ自治区にも行かれたんだね。

一日でも早く、お互いにとっての平和を、、と思う気持ちは、私も同じだ。とても難しい事だけど。

きっと当事者じゃなくてはわからない事ばかりなんだけど、それでも行って、そこの人と直接話したら、たぶん日本で想像してるだけよりは、いろいろと見えるものがあるのかもしれないなあ、、って思った。でも私はきっと、行く機会はないだろうけど。

 

そういえば、もう30年近く前になるけれど、サンフランシスコに行った時。たまたま乗ったタクシーの運転手さんはパレスチナ人だった。パレスチナから逃れてきて、サンフランシスコに住んでるけど、今はすっかりフォーティーナイナーズのファンだって笑ってた。アメリカにはたくさんユダヤ人が住んでると思うけど、そこでも普通に暮らしていけるんだなあ、、ってその時しみじみ思った事を思いだした。アメリカってなんだかんだ言って懐の深い国なのかな、、なんて思った。

 

そんな簡単じゃないのはわかっているけれど。それでもなんとか平和になってほしい。双方にとっての平和。そんな日が早く訪れてくれますように。