BS1スペシャル〜オシム73歳の闘い

NHKのBSで放送された“オシム73歳の闘い”を見た。素直にすごく感動した。病に倒れて日本代表監督を去ってしまったオシム氏。彼はその後、祖国に帰って、こんな闘いを続けていたとは。彼は本当にすごい人だったのだ、、としみじみ思った。実は、ボスニア・ヘルツェゴビナがブラジルW杯に出場することも知らなかった私。祖国に帰ってからのオシムの闘いを全然知らなかったんだよね。驚いた。番組HPから、彼をずっと取材してきた木村氏の言葉を抜粋してみた。

サッカーファンならば誰もが知るところだろう。ユーゴスラビア代表監督当時、ボスニア内戦で故郷サラエボに向けて軍事攻撃を続けるユーゴ人民軍に抗議し、ユーロ92を直前に代表監督を辞任するのだが、今まで当時のことは深くを語ろうとはしなかった。オシムは後難を恐れるのと同時に政治的な言動と取られることを危惧(きぐ)し、ときには冗談ですかし、ときには禅問答のような例えで煙にまいてきたのだ。しかし、カメラの前で堰(せき)を切ったように語りだした。
「君も知っている通り、あの戦争で私はどの立場にも距離を置いていた。しかし、自分の考えと違う行動は自分を裏切る結果となる。あのとき、私は監督として何か行動が必要だった。戦争反対の表明だ。命の危険、飢えの中、市民の意思に耳を貸さない訳(わけ)にはいかなかった。私は実は選手たちがボイコットしてくれないかと思っていた。そうすればその行動の余波が世界に広がり、注目されただろう。しかし、予選も突破し本大会に行ける選手たちに出場するなとは言えなかった。行動に出られなかった事は今思えば恥ずかしい。チームにとって被害が最小なのは私が辞任する事だった」
オシムは選手がボイコットしてくれないかとさえ思っていたという。インタビューの最中、リスクを冒した発言は尚(なお)も続いた。
日本代表監督に就任しながら、志半ばで脳梗塞に倒れ、故郷ボスニアに帰ってから、彼はどう生きて来たのか。ボスニア・ヘルツェゴビナが建国後初めてのワールドカップ出場を決めた。この快挙の裏側にはオシムの献身があった。2011年4月にボスニアFIFAの加盟資格を取り消され、サッカーにおけるすべてのカテゴリーで国際大会への出場を停止させられていた。当時、ボスニアのサッカー協会は、民族対立からムスリム系、セルビア系、クロアチア系の3民族からそれぞれ会長が立つという異常な事態が続いていたからだ。
いかにしてオシムは祖国を団結させブラジル大会に導いたのか。不自由な身体で国連も欧州議会もなしえなかった偉業を成し遂げた。放送日にちょうど73歳を迎える名将にW杯予選から密着し、知られざる闘いを追った。

番組を見ながら、いろんな自分の無知を恥じずにはいられなかった。ボスニアは、きっとムスリムだけの国になったんだったよね、、なんて思っていたし。今でも、セルビア系、クロアチア系、ムスリム系の三つの民族が一緒に暮らす国であり、しかも対立や憎しみは根深く残ってるんだ。だから、サッカー協会にも、それぞれの三民族の会長が存在して、分裂状態だったわけなのね。戦争が終わってからも、やはり分裂したままだったのか。そうだよね。そんな簡単に憎しみが忘れられるわけないもんねえ、、。
そんな分裂状態、三人の会長が乱立する状態のサッカー協会を、正常化しない限りFIFAの国際大会への出場すらかなわない事になってしまったボスニア・ヘルツェゴビナ。そこに乗り出したのが、病み上がりで、左半身に麻痺も残っているオシムだった。彼は、不自由な身体を押して、三民族の会長のところにそれぞれ訪れて、長時間会談し、粘り強く解決策を模索して、説得したそうだ。彼の、今までどの民族にも偏らないニュートラルな立場を取ってきた姿勢も、信頼を得ていて、それでなんとか三民族の会長を説得し、国をひとつにまとめあげることができたみたい。すごい。彼のカリスマ性もすごいし、病を押しての努力する姿勢もすごいし、こういう行動こそ、真の愛国心に溢れる行動なんだと思う。
東京でのほほんとぼんやり暮らしてる私なんかには想像もつかない人生を生き抜いてきた人なんだ、、ってしみじみ思った。彼の暮らすサラエボのアパートは、今でもまだ銃弾の後がくっきり残ったまま。そんな中で三民族の心を、少なくともサッカーにおいてはひとつにまとめられたんだから、すごい事だと思う。
ボスニアがW杯出場を決める試合に勝利した時の、オシムの涙に、今さらながらこちらまでもらい泣きしてしまった。「ボスニアが一つになりましたね」というインタビュアーの言葉に、でもオシムは冷静だった。「まったくそんなことはない。事態はなにも変わっていない。しかし、貧しく、なにも良いことがないこの国で、人々には共通の夢やなにかをやりとげることが必要なんだ」。
オシムの力もすごい。サッカーの力もすごいなあってしみじみ思う。憎しみあっている民族が、それでもこの瞬間は同じ夢を見ることができたんだもの。たとえ国の状況ががらっと変わるなんて事はなくても、大きな一歩を踏み出せた事は確実なんじゃないかな。

木村元彦という人。ずっとオシムの事を取材し続けてたんだなあ。そして、NHK。よくこんな番組を作ってくれた。いろいろあっても、さすがNHK!と思う番組をたまに作ってくれるよね。